康平五年(1062)、厨川柵(くりやがわのさき)
(現在の盛岡市北部)にて安倍一族は滅亡し、「前九年の役」は終結する。

源頼義を裏切った経清は捕えられ、処刑にあたり
わざと鈍刀をもって、大きな苦しみを与えながら斬殺された。